「組織改編のお知らせ」月曜の朝一番に届いた全社メールを、里中美咲は何度も読み返していた。営業統括本部の再編に伴い、溜池部長が本社営業企画部へ異動になるという。異動日はなんと来週月曜日。
「えーっ!」 オドオド坊主が美咲の心の中で大きく揺れ動く。
「部長がいなくなるなんて…誰に相談すればいいの~」
「まあ、困ったわね」 ダメダメ姫が艶のある黒髪をかきあげる。
「これで完全にお終いね。あなたには無理だもの」
その時、不思議な出来事が起きた。心の中に新しい妖怪が現れたのだ。
全身が淡く輝く、天狗の姿をした妖怪。
「おや?これは面白い展開になってきたじゃないか」
キラキラ天狗と名乗る妖怪は、どこか楽しげな様子で状況を眺めている。 「ピンチこそチャンス。自分の力を試せる絶好の機会だよ」
「里中さん、ちょっといいかな」 溜池部長からの呼び出しを受け、美咲は小会議室へと向かった。窓際に立つ部長の背中が、いつもより遠く感じられる。
「突然で申し訳ない。だが、これも会社の決定なんだ」 溜池部長は穏やかな口調で話し始めた。
「後任の部長は当面置かないことになった。君に部署を任せたい」
「え…私に、ですか?」 思わず声が裏返る。心の中では妖怪たちが大騒ぎだ。
「無理よ、無理!」(ダメダメ姫)
「怖いよ~、怖すぎるよ~」(オドオド坊主)
「でも、何かが変わるかも!」(キラキラ天狗)
「うーん、どうなるんだろう…」(モヤモヤ小僧)
その時、新たな妖怪が姿を現した。赤い法被を着た子供の姿をした妖怪。
ガッツ童子だ。 「よっしゃ!やってやろうじゃないか!」
夕方、美咲は約束の時間にカフェを訪れていた。案の定、ワビタンはすでにそこにいた。
「随分と賑やかになりましたね」
ワビタンは穏やかな笑みを浮かべている。
「新しい仲間が増えたようですが」
「見えるんですか?」 美咲は思わず聞き返した。
「ええ。輝く天狗に、元気な赤い法被の子供。彼らは、あなたの中の新しい可能性の目覚めです」
「でも…」 美咲は言葉を探る。
「私には無理だと思います。今まで誰かの指示があってこそ、仕事ができていたんです」
「本当にそうでしょうか?」 ワビタンの声が、静かに心に響く。
「あなたの中の妖怪たち。彼らは何を言っているのですか?」
美咲は目を閉じ、心の声に耳を傾けた。
「私がやらなきゃ!」(ガッツ童子)
「新しい扉が開くかもしれないよ」(キラキラ天狗)
「でも怖いよ…」(オドオド坊主)
「無理よ、安全な道を…」(ダメダメ姫) 「何かが、見えてきそう…」(モヤモヤ小僧)
「それぞれの声が、あなたの大切な一部なのです」
ワビタンはコーヒーカップを静かに置いた。
「不安は慎重さを教えてくれる。自己否定は謙虚さを思い出させる。そして、その新しい声…」
「新しい声…」 美咲は、キラキラ天狗とガッツ童子の方を見た。彼らは元気に手を振っている。
「彼らは、あなたの中に眠っていた可能性の声です。ただ、あまりにも長い間、檻の中に閉じ込められていた」
「檻…」 そうか、と美咲は思った。自分で作った安全な檻。指示を待つことで、責任から逃れようとしていた檻。
「でもね」 ワビタンは窓の外を指さした。
「鳥は、最初から飛べるわけではありません。巣の中で、少しずつ羽を動かす練習をする。そして、時が来たら…」
その時、美咲のスマートフォンが鳴った。チームメンバーの山田からのメッセージだ。
『里中さん、明日の新規プロジェクトの件で、少し相談させていただけませんか?』
「さあ、どうしますか?」 ワビタンの目が、優しく問いかけてくる。
美咲の心の中で、妖怪たちが互いを見つめ合っている。そして、不思議なことが起きた。
オドオド坊主の震えが、少し落ち着いてきたのだ。
ダメダメ姫も、わずかに頷いているように見える。
「…やってみます」 美咲は、自分でも驚くほど確かな声で答えた。
「山田くんの相談、私なりに考えて、応えてみます」
「そうですか」 ワビタンの笑顔が深まる。 「明日は、この場所で、その結果を聞かせてください」